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『木花開耶姫(このはなのさくやひめ)桜物語?』-サクラの名前の由来2- 前回「木の名前の由来-桜」でお伝えしましたが、今回はもう少し詳しく木花開耶姫を取り上げてみましょう。 ■前回までのお話 --ポイント1--- 桜の名前の由来の説として、木花咲耶姫からの名前からサクラという名がついた。 分解すると「木花」=桜のを意味する 開耶=咲耶(サクヤ)→サクラ --ポイント2--- 他の説に共通点が! 春に里にやってくる稲(サ)の神を意味する(例、酒サケ、魚サカナ、五月サツキ、サカイ境など)と、神が憑依する座(クラ)だからサクラ。 春の祭りは豊作を祈り、秋の祭りは収穫の御礼。 昔の人は、桜の花が咲く時期により、稲を植える時期を知った。 --ポイント3--- この話に出てくる(サ)の神とは木花開耶姫の父にあたる人で大山津見神(山の神)である。神話的に話せば娘に会いに父がやってくるようなもの。 酒は米からできるからか、この二人の親子はなんとお酒の神でもある。花見で酒を飲むのは利にかなっている。 ■いきなり結婚 天孫降臨(てんそんこうりん)伝説をご存知でしょうか? これは、天皇家の由来と古代日本の起源に関する神話で、天照大神(アマテラスオオミカミ)の孫である、ニニギノミコト(以下、ニニギ)に、三種の神器(八尺の勾玉・鏡・草薙剣)を与え、天界から日向の高千穂峰に降臨させた。 地上へ降りた、ニニギはある時、海辺を散歩していると、それは美しい絶世の美女に出会ったのです。ビビビッという感じでしょうか。 ニニギ「そなた名はなんともうす」 ヒメ 「木花開耶姫といいます。大山津見神(おおやまずみのかみ)の娘。」一目ぼれとはこのことでしょう。 ニニギ「結婚してくれ」 ヒメ 「父に聞かねば、父に言って下さい。」しかし、恋は盲目とはいいますが、神も同じなんですね。 思い立ったら吉日! ニニギは、父の大山津見神のところへ足を運んだ所、大山津見神も大喜び「姉の磐長姫神(イワナガヒメ)も差し上げます」といって二人の娘を嫁にもらうことになった。 ところが・・・ ニニギは姉の磐長姫神がタイプでなかったため、大山津見神に返します。 大山祇神は「木花開耶姫には、世が木の花の栄えるように、磐長姫は、子の命が岩のように永遠を願って二人を嫁がせましたのに。あなたの子のお命は木の花のようにはかないものとなるでしょう。」と言った。 しかし、ニニギは受け入れなかった。 それ以後、天皇の寿命は短くなったということ。 ■姫は炎につつまれ・・・ そして、ニニギと木花開耶姫はその燃えるような一夜を凄し身ごもるのです。 このことを、夫のニニギに話すと 美しい妻への嫉妬でしょうか? 「たった1度の夜で身ごもるはずがない、本当に俺の子か?」と言いすてたのです。子を持った女性というのは強くなります。 それを聞いた木花開耶姫は 「間違いなくあなたの子よ。信じられないなら火の中で子供を産みましょう。私が嘘を付いていなければ、神様が子を授けてくれるはずよ。」といい返す。彼女は言葉どおり、産気ずくと自ら家に火を放ち、炎の中で3人の子を出産するのです。 子の名は、炎に照り輝いている時に生まれたので、(稲穂が赤らむという意) 火照命(ホデリノミコト)。 火が盛んに燃え立つときに生まれたので(稲がぐんぐんせり出すという意) 火須勢理命(ホスセリノミコト)。 火が消えた時に生まれたので(稲穂がたわわに折れ曲がるといった意) でのちに神武天皇(初代天皇)の祖父になる、火遠理命(ホオリノミコト)となずけられた。 木花之開耶姫が、稲の豊作をもたらす神様として信仰された由縁。 ■美人薄命? 初孫の誕生が嬉しいというのは神も同じ。 大山津見神は、神聖な田から収穫した米を使い、芳醇な酒を造り神々に振る舞った。 それから大山津見神は、「酒解神」、木花開耶姫は「酒解子神」と呼ばるゆえんになります。 ところで、出産後の木花之開耶姫は、その後無事だったかどうかは不明ですが、美人短命というように、桜の花をは寿命が短かかったかもしれません? その後は、木花之開耶姫は姉妹で山の神になり、妹の木花散耶姫と噴火を沈めるため富士山の神(浅間神社の御祭神)となり、全国の浅間神社で祭られている。 また、姉の磐長姫は、浅間山の神になり、父の大山津見神はその富士山の見える伊豆で三島大明神になったそうです。 山の神は「自分より美しい女性を見ると嫉妬して荒れるので、山に女性を入れてはいけない。」という女人禁制の考えが生まれたのはこれからだとか。 ■歴史からの富士山信仰 時は流れ室町時代の戦国の世に富士山を崇拝する信仰が盛んになり、富士山の山頂に木花之開耶姫を祀る神社が建てられ、浅間(あさま)大神として崇拝されるようになります。 そして、また時は流れて江戸時代。 江戸一帯に雪が降るという異常現象が起こり、人々は富士山の神様怒ってるに違いない天変地異が起こに違いないということで、富士山に参拝しなくては!という考えが民衆に起こります。 しかし、江戸からは箱根の関所を通ってゆかなければならないし、ということで各地に浅間神社が作られたそうです。 ■さすが!暴れん坊将軍 やがて、時代は8代将軍徳川吉宗 徳川吉宗の故郷である紀伊は富士山の噴火により苦しめられたこともあり、(確かこの時に母を失っているはず)富士山の神と関係がある桜を、花見を奨励されたのも不思議ではないと思います。 もちろん経済復興というのもあるでしょうが。 その頃の江戸は世界最大の都市で、外人が日本を訪れて、庶民がガーデングをしていたのを見て非常に驚いたと言います。 そして、今日の桜の品種で有名なソメイヨシノが出来たのも江戸の文化発展よるたまものであったことは間違いありません。 だから、花見をするのは、だだ酒をのんで食べるだけでなくて、ここまで来るのに数々のドラマがあったと思うとまた酒もすすむのではないでしょうか? ■竹取物語との類似? 特別編 <ポイント1> かぐや姫も木花開耶姫に共通する 「この世のものとは思えないほど美しい」 かぐや姫は月に帰る前「私はこの世のものではありません」と言っている。 木花開耶姫も、元は神の娘だから、この世のもではないはず。 <ポイント2> 「位の高い人に交際をもとめられる」 かぐや姫 → 天皇 木花開耶姫 → 神 二人とも父は嫁がせても悪くない姿勢であった。 ただし、かぐや姫は一度交際を断り、和歌を遣り取りするていどで結婚には至らない。 <ポイント3> 空から人が降りてくる かぐや姫 → むかえに来きた。 木花開耶姫 → 天孫降臨で夫が空から降りて来た。 かぐや姫が月にかえらなくてはいけないとは結婚するためだったかも? <ポイント4> 3つのものを送った。 かぐや姫→天皇に不死の薬と天の羽衣、文の3つ贈った。 木花開耶姫→3人の子供を生んだ その後消息不明。 <ポイント5> 富士山と炎 竹取物語では、かぐや姫にもらったものを日本で一番高い山で焼くように命じた。 その後、「不死の山」(後の富士山)と呼ばれ、また、その山からは常に煙が上がるようになった。 木花開耶姫は、疑うならと火の中で子を生んだ。のちに、富士山の神になる。 <ポイント6> 出身地 かぐや姫は、諸説あるが、鹿児島県加世田市が竹林の里であるので候補のひとつとして知られている。 木花開耶姫の夫が天孫降臨したのは鹿児島県の隣の県である宮崎県の高千穂。 高千穂は宮崎県と鹿児島県のほぼ県堺で目と鼻の先なのである。 こうなると、富士山となっているが、元々は桜島ではないかという疑惑も沸いてきますが・・・。 <まとめ> 竹取物語は平安初期にできた最古の作り物語とされていて、作者が不明。 木花開耶姫も古事記(712年)に初めて登場するが、作成されたのは奈良時代。 古事記自体は神話や伝説を含む。 竹取物語も諸説あり現在もいろんな説が論議されているようです。 ひょっとしたら、平安初期にできた竹取物語は天孫降臨伝説を参考に作られたかもしれません? |
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